特に思い入れがあるわけではないのですが、日本においては過去最大規模の展示があり、また東京の神保町で好きな版画家の早川純子さんの個展があり、この機会にピカソ見てくるか、となった次第。
今回の展示が過去日本における最大級になった経緯は色々なところに書いてありますが、所蔵しているパリの国立美術館が大改修を行うため可能になったそうです。
ちなみにそのパリの美術館がピカソ作品を大量に所蔵している経緯もおもしろくて、ピカソが亡くなった時、相続税の代物弁済としてフランス国家に作品が納められて、コレクションの基礎になったということです。今回の展示の説明をしているラベルに「1973年 パブロ・ピカソ 代物弁済」のようなことが書かれていました。なぜ相続人でなく被相続人のピカソの名前が書いてあるのかわかりませんが。
国立新美術館のほうの展示に先に行きましたが、人がいっぱいでした。ちょっと作品の近くに寄るのも大変で、ピカソの人気を伺えました。サントリー美術館のほうは、割と空いていて、じっくり鑑賞できました。
青の時代への転機となったという作品がサントリー美術館にありましたが、最も印象に残りました。大きく色とりどりの光を放つロウソクの炎と、それに照らされる亡くなった友人の横顔。その横顔は、もう戻りようのない死という事実、様々な人間らしい喜びや悲しみといった感情を全て引きずり込んで、ぎゅっと小さく頑にしてしまったような色、それはまさしく青の時代の青でした。(ArtQuotes.net:この画像はちょっと緑色が出過ぎている気がするような)
今回多くの作品をみる機会があり、ピカソの評価に考えるところがありました。個人的にはキュビズムのような描き方はしてみようと思ったことがないので、理解できませんでしたが、ピカソの評価は、ある特定の作品によるものではなく、その生涯を通じて、どのような形、線、色、表現であっても疎かにしない追求をしたことが、現在の評価につながっているのではないかと思います。他の芸術家が生涯どんな色を使い、どんな形で表現してきたのか、私には知識がありませんが、少なくともピカソは万事において適当に作品を作ったのではなく、亡くなるまでストイックに表現方法を探求していったのではないかという気がしました。
亡くなる前年の自画像の目は、虚ろなようで、あるいは何もかもを見ているようで、焦点がわかりません。それまでの表現活動と、迫る自分の寿命をどう考えていたのか。でも、幸せだったんだろうと思う。口元笑っているし。