「とくべつ?」「ええ、何かとても奇妙なアクセントで、言葉をのばしたり縮めたりするの。まるで風が吹いているような具合に高くなったり低くなったりして……」僕は彼女の手の中の頭骨を見ながら、ぼんやりした記憶の中をもう一度まさぐってみた。今回は何かが僕の心を打った。「唄だ」と僕は言った。
(村上春樹;世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド)
二つの物語が交錯するつくりは、最初、小川洋子の「密やかな結晶」ぽいなと思っていたのだけど、なんだか本当にそれっぽくなってきた。
このくだりで、この世界には「唄」が失われているということがわかるけど、それは「密やかな〜」で記憶の消滅が進むのに似ているし、その影響を受けていないのが母親というのも同じ。
なにより物語を覆っている、なんとも言えない虚脱感、何か見えない大きな力に対する人間の無力感、気だるさ、が大きく共通するように思える。
そこに追い討ちをかけるように、このあと、タイプライターとか出てくる始末。もう、主人公ともう一人の異性の、くっつかず離れずな関係もそのまんま、なぞらえたもののように思えてしまう。
どちらも早大文学部で、小川洋子の年代的に、影響受けているとしても考えられなくはないか。