私に触れる肉体は唇としたと指だけだった。でもそれで十分だった。どんな部分も彼はおろそかにしなかった。私は自分に肩甲骨や、こめかみや、くるぶしや、耳たぶや、肛門があることをはじめて感じた。彼はそこを丹念に愛撫し、唾液で湿らせ、唇で味わった。
読んだ直後は、無垢な少女がエロじじいにあれやこれやされるのが、(たぶん自分が若いからだろう)許せない、感情的なバイアスがかかって、感想も何もなかった。さっさと寝た。
一晩経って落ち着いてみると、明確なテーマが見えてきた。自由と束縛と、夏の物語。人生は、ある束縛から自由になるため、他の束縛を求めるようなもの。求める気持ちは夏の日差しのように強烈。しかし夏はいつのまにか終わってしまって、終わってしまった後は夏を誰も思い出せない。
この物語は、それをときにはちょっと過激に、紐とか、F島とか、ホテル・アイリスとか、母が結う自分の髪とか、そんな形で表現している。実際のところ、直接的身体的な、そんな過激な表現はあまり多くなかった。
決して自由にならない大きな存在の環境と主人公という見方をすれば、「沈黙博物館」とか「密やかな結晶」でも同じように思える。小川洋子自身がそんな構図を好きなのかもしれない。まあ、僕も好きなのだけど。
そういえば、日本の映画で「完全なる飼育」というのがあって、竹中直人と女子高生くらいの役の少女が主役で、見たことはないのだけれども、その映画も何となくエロだと思って疑わなかったけど、案外この話と同じテーマなのかもしれない。今度ディスカスで借りてみよう。